クマちゃんからの便り

颱風颱風颱風


シャワシャワシャワ、アブラ蝉の暑苦しい声が降り、
炎天と夕立を繰り返す仮設工場。
蚊帳生地の<ヒカリ繭>がひっそりと膨らみ続けていた。
何一つ確実なモノなぞないこの世を浮遊する
ゲージツ行には、
天変ばかりではなく不測の事態の連続である。
集中力とそれを愉しむ容量が頭蓋内になければ、
全体を眺める余裕もなくなり、
ただ指先だけを見つめて無表情になるか、
ヒステリックになって
コミュニケーションを拒絶するように
なってしまうものだ。
勤め人の二人は東京へ戻り、
<ヒカリ繭>チームの手元は
須田さんとカーペン兄弟の三人に減った。



日中のクソ暑い二時間を休み、
夕方から再開することにして、設置場の確認にいく。
奈良に来て以来、宿舎と仮設工場の往復だけで、
今まで気づかなかったが
樹齢一〇〇年ほどの太きなクスのキを見つけた。
水の上に浮いていたり、地面に安定しているのではなく、
<ヒカリ繭>が浮遊するにはピッタリの樹である。
工場に戻り、「一気呵成に朝までいってしまうゾ」
「それがイイだね」須田さんの山梨弁が心強い。

カーペン兄弟の後ろで、
今まで遠巻きだった群から離れた小さな一頭が、
繭を覗き込んで頷いていた。
何処へいってもオレのゲージツに最初に興味を示すのは、
子どもか動物で、
モンゴル草原では羊の群と浮遊する少年たちだったし、
サハラ砂漠では駱駝のキャラバンと水くみの少女だった。
県庁役人のコリャ福野は、
おおよそ役人らしさから程遠い野人の動きに
まだシックスセンスが残っている。
彼はコヤクニンの職場を自主休暇にし、
営む建築会社を休んだワダさんと一緒に
オレたちのカレーライスを作って宿舎で待っていた。
砂漠や草原でいっぱいのお茶を入れてくれた
少年や少女のようだった。アリガタイ。

また真っ暗闇の仮設工場に戻って仕上げである。
風が吹いたり満月が現れたり
妙な空加減のもとで作業は続き、夜が明けた。
朝八時、カーペンが作った
インスタントラーメンを喰う空が慌ただしかった。

「台風ですわ」

バイクで駆けてつけてきたコリャ君が空を指差した。

「なんとぉ! 追い払ったばかりじゃないのか」

「今度はニッポン製の新しいヤツですわ。
 このままだと奈良直撃しまっせ」

「燈花会のオープニングは
 パーになっちまうな」

コリャ君とワダさんも手元に入れて
いっそうピッチをあげた。
夕方、風が強くなり雨まで横殴り。
仮設工場にシートの屋根を括りつけ、

「これから天気奉りだ。
 颱風の角度を一三度曲げて消してやるわい」

ショーチューが疲れた身体に染み込んでいった。
明け方、雲に切れ目が出来ていた。

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2004-08-09-MON
05.7.21KUMA
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