──

取材が予期せぬ方向へ向かいつつあるのは
重々承知なのですが、聞かざるを得ません。
走り切るのに、
いったいどれくらい時間がかかるんですか。

「500キロ」とかいったら。

若木

えーと、大会は５日間とか６日間とかです。
その間に走り切る必要があります。

マラソンの発祥とされている、
246キロの
ギリシャの「スパルタスロン」って大会が
あるんですけど、
それには「６年連続」で出場しています。
36時間以内で走らなきゃならない
厳しいレースなので、
毎年スパルタスロンへ向け追い込むという
ルーティンが続いていました。

──

アーティストというよりアスリートですね。

若木

アスリートへ逃げようとしてたんですよね。
アートもパッとしないので。

──

その大会に出て見事完走したからといって、
何かお金をもらえるわけでも‥‥。

若木

ないです、ないです。

──

ですよね。優勝とかすればわかんないけど。

若木

優勝してもないです。名誉だけはある。

──

今日ぼくら、ここには
そういう人だと思ってはきてないんですよ。

若木

そうですよね。だから、
版画家の名前とかもよくわかっていないし、
美大で版画を真面目に修めて
真面目にがんばってきた人たちと比べたら、
何も知らないんです。美術のこと。

──

でも、その長距離マラソンやってるときは、
その行為自体は、
「まずは作品」だったわけですよね？

若木

まあ、そうです。
あと走ってたらアイディアも出るかなとか、
そういう邪心もありました。

ただし、アートの作品にするときもあれば、
何の記録も残さずに、
「ただの走る人」として出るだけのときも
しっかりありました。

──

つまり「後頭部」もやらず。

若木

ええ。後頭部やってないこともありました。

──

それは‥‥本当に「ただの走る人」ですね。
でも500キロって、どうなるんですか。
そんだけ走ったあと「人体」というものは。

若木

500キロの大会に出たときは、
その１週間前に250キロの大会に出ていて、
その２日後に、
富士山の100マイルに出たんです。

厳しい戦いが続いたので大変でした。
500キロのスタート時点で怪我をしてたし。

──

走る前から「250キロの傷み」が。

若木

命からがら走り切ったって感じでした。
もうね、眠いんですよ。走ってて。

──

ひええ、走りながら眠い！
寝たらどこかへ旅立ってしまいそうです。

若木

マラソン中はずっと眠いです。

──

何日がかりかで走り切るわけでしょうが、
でも、その間、寝るんですよね！？

若木

はい。寝ないわけではないけど、
本格的に寝てしまうと完走できないです。
足切りのタイムがあるので。

チェックポイントを
よゆうで通過できたら寝られるんですが。

──

こちとらスタート前から怪我してるし。

若木

そうですね。
えっちらおっちら前に進んでいますから。
ぐっすり眠ってるヒマはないです。

渡航費とか参加料を払っているわけだし、
リタイアもしたくなくて。

──

若木さん、あんたすごい人だよ‥‥！

若木

だから、いま何か辛いことがあるたびに、
「あれよりはましだな」って思える。

──

ちなみに、ごはんとかは？

若木

最初のうちは食べるんですけど、
そのうち走る振動で内臓がやられるのか、
食べられなくなっちゃいます。

自分の体脂肪を消費しながらって感じで、
自分自身をエネルギーに替えてます。
すいません、もう、ぜんぜんちがう話で。

──

日本代表を目指してたと言ってましたが、
有望な選手だったんですか、つまり。

若木

まあ、成績はいいほうでしたけど、
競技人口がめっちゃくちゃ少ないうえに、
女子はより少ないので。

決して速くはないと思うんですけど、
最後まで走り抜く根性がある人となると、
そうとう限られてくるんです。
そこの適性は、あったんだと思います。

美術館で一日中走り続けるパフォーマンス《車輪の下らへん》若木くるみ

──

そんな活動を10年以上も続けていた。

若木

その間美術やってりゃあ、いまごろ
もうちょっとなんとかなってたのかなとは
思いますけどね。

本当にもう走らないと決めたタイミングで、
何にもエントリーしてないときに
コロナが来て、大会がなくなったんですよ。
だからちょうどよかったというか、
自分にとっては
悔いもなく「ラッキー！」って感じでした。

──

いやあ、こんな豊かな物語があったとは。

岡本太郎賞受賞で引っ込みがつかなくなり
「後頭部」活動をしていたら、
いつの間にか、
過酷な耐久レースにとりつかれてしまった。

若木

そうそう。太郎賞、本当に光栄なんですが、
でも、当時の自分は
「そんな、わたしなんかが！」
って、むしろ卑屈になっちゃったんですよ。

だって、何の準備もできてない状態なのに、
えらい賞をいただいて、
ワーワー言われても仕方ない立場になって。
だから「困ったなあ」っていうのが、
正直なところ、いちばん大きかったんです。

──

なるほど‥‥。

若木

うれしいより先に「面食らった」感じです。

こういう奇蹟みたいなことって、
誰かの人生には起きるんだと思ってたけど、
まさか自分の人生に‥‥
だからいまも同じことを思ってます。
自分の作品が、
ほぼ日のカレンダーに選ばれるわけないと。

──

いやいや、抜群にかわいかったですもん。
岡本太郎美術館で見た、若木さんの版画。

若木

うれしいな。ありがとうございます。
あと、実際の展示を見て声をかけてくれた、
そこに夢があるなあと思いました。

だっていま、みんなＳＮＳじゃないですか。

──

たしかに。

若木

わたしみたいにホームページもないし、
Ｘとかもがんばれていないような人にも、
チャンスが舞い込むことが、
本当にあるんだなあって思って。

──

若木さんのこの作風っていうのは、
じゃあ、ここ数年でこうなってきたんだ。

若木

じつは「かわいい作品」をつくることに
ずっと抵抗があったんです。

つまり、かわいいものをつくっても
いいような人とはちがうじゃないですか。

──

うん、まあ、言いたいことはわかります。

若木

新しいことをしなくちゃとか、
もっと奇抜なこと、
まだ誰もやっていないことをやらなきゃ、
みたいに焦ってたとき、
４コマ版画ってアイディアを思いついて。

版画って、同じものを複製できるわけで、
その一部を変えることでオチをつくって、
４コマ漫画として仕立てたんですが、
それが結果としてかわいいものになった。
自分でもかわいいなと思いました（笑）。

──

わはは、自分でも「かわいい」と（笑）。

若木

でも、そこにはアイディアがあったから、
かわいくても、恥ずかしくなかった。

──

ああ‥‥かわいいものをつくることへの
はずかしさ。わかる気がします。

若木

あ、本当ですか。

──

だって、お話を聞いていると、
だいぶ尖ったことをやってきた人だから。

若木

そうですね。尖りたいと思っていたかも。

だから‥‥「かわいいもの」については、
「おまえさんについてるこの顔で
やっていいことかい？」って思いがあり。

──

そんなことはないと思うけど（笑）。

若木

でも結局、
わたし自身もかわいいものが大好きだし。

「もういいんじゃない？」って。